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2010年08月23日 15:36:27
評決
 映画「評決」のDVDを、六月下旬に見ました。

 1982年の作品で、監督はシドニー・ルメット。脚本はデヴィッド・マメット、原作はバリー・リード。主演はポール・ニューマンです。

 ポール・ニューマンが、いつもとは違う雰囲気の、酔いどれ駄目弁護士で、どんでん返し的要素もあって面白かったです。



● 粗筋

 この映画の感想を書くには、核心部分に触れる必要があるので、ネタバレにならない粗筋を先に書いてから、感想を書きます。

 以下、粗筋です。

 主人公は酔いどれ弁護士。ここ数年、彼の裁判は全て敗訴だった。そんな彼に仕事を持ってきてくれるのは、主人公の恩師。しかし、あまりの主人公の駄目さ加減に愛想を尽かしかけている。

 そんな恩師が持ってきてくれた仕事は医療事故の裁判だった。若い夫婦の妻の姉が、出産事故で重度の障害を負った。その出産の時の治療に問題があった可能性が高いということだった。主人公は、治療に不備があったと証言してくれる医師を見つけて裁判の準備を進める。

 事故があった病院は教会系の病院だった。教会は、高額の示談金を提示する。主人公は、裁判に勝てると踏んで、その提案をはねのける。しかし、その選択は間違いだった。

 病院と教会は、最高の弁護士事務所を雇い、マスコミ向けに広報キャンペーンまで張って、裁判を有利に進めようとする。さらに、主人公の証人に手を回して、主人公を潰しにかかる。

 主人公は、示談金を蹴って裁判に踏み切ったことで、雇い主の夫婦から罵倒される。彼らは最初から示談金で満足だと話していた。

 主人公は恩師とともに孤軍奮闘する。そんな彼の許に、かつて妻で弁護士だった女性が訪れる。苦しい戦いながらも、久しぶりの大仕事の充実感と、まだ愛していた女性が戻ってきてくれた高揚感で、主人公は仕事に励む。

 だが、敵の弁護士事務所は先回りをし続けて、主人公を窮地に陥れていく。

 主人公は、徐々に事件の真相に近づいていく。しかし、主人公の恩師は、主人公の意欲を根こそぎ奪いかねない「事実」を知ってしまう……。



● ポール・ニューマン

 この映画の主人公はポール・ニューマンです。

 いつもの「ヒーロー」という役どころではなく、本当に酔いどれの駄目人間です。でも、その弱々しさが妙に似合っていました。

 この人って、こういった「どこか陰と弱さのある人間」を演じるとはまりますね。よかったです。



● 葬式に出没する弁護士

 映画の冒頭、主人公の落ちぶれ具合を表すために、主人公が新聞の死亡欄を探しては、葬式に潜り込む様が何度か描かれます。

 半分詐欺師みたいな手法で、彼は営業を行います。「私は生前、故人の友人でした」と、自分の弁護士としての名刺を手渡します。

 イメージとしては、狩りができずに、腐肉漁りをしている印象です。

 色々な営業の仕方があるんだなと思いました。



● 医療事故の隠蔽

 この映画は、裁判物です。そして、扱うテーマは医療事故の隠蔽です。事故は、出産時の処置の失敗による全身麻痺の疑いです。さらにその病院は教会系の病院です。

 なので、裁判の勝ち負けだけでなく、神の前の正しさも問われており、「正しさ」が二重の意味で問題になります。

 裁判の被告は高名な麻酔医です。そして、そのスタッフである看護婦たちは、教会付きの看護婦です。もし、医師が有罪で、嘘を吐いているならば、そのスタッフである彼女たちも、嘘を吐いていることになります。そう。神の前で……。

 そういった部分を置いておいても、考えさせられる映画でした。



 現代社会の「医師」というものは、私人でありながら公人に近い存在だと思います。国の金で育てて、国民の生命を守るための仕事に就いているからです。

 そして、事故は避けるべきだけど起こり得ます。悪意を持っていなくて、一生涯無事故でいられるかどうかはけっこう難しいと思います。

 医師は仕事に従事することで、人を救いますが、ミスを100%防ぐことは難しいと思います。

 本当に駄目な医師は排除しなければならないのでしょうが、そういったミスが発生した際に、優秀な医師を有罪にしなければならないのは、社会的な損失です。

 これは、ミスを犯した人を有罪にすることで、相対的に社会に利益が出るかという問題だと思います。

 被害者は、医師に相応の罰を与えたいかもしれませんが、それが社会的に有益かどうかは、別の問題です。

 本当は、事故が起こった際に、その事故を公表できて、医師の間で共有できて、再発を防げるのが一番だと思います。しかし、これはなかなか難しいと思います。

 そして、そういった環境でないから、隠蔽が起こりやすいのだと思います。

 最近日本で、産婦人科医の成り手がいない現状などを考えると、今の日本に通じる内容かもしれないなと思いました。



● 圧縮の中の救いの要素

 この映画では、依頼人は示談を望んでいます。しかし主人公は、自分のエゴで、勝手に裁判に踏み切ります。その結果、主人公はどんどん追い詰められて、八方塞がりになります。

 流れとしては、以下の感じです。

・「主人公は酔いどれ。仕事も失敗続き」(小圧縮)

・「簡単に示談に持ち込んで金を得られそうな仕事をもらう」(プチ解放)

・「調子に乗って裁判に持ち込む」

・「凄い勢いで、本気で潰しにかかられる」(大圧縮)

 この圧縮が、かなり本気で「どうすればいいんだ?」状態に追い込まれていきます。さらに、裁判官に示談を提案されたのに無理やり裁判に持ち込んだせいで、裁判官の心象も最悪になります。

 しかし、昔別れた奥さんが戻ってきて仕事を手伝ってくれるおかげで、主人公は精神的にへこたれずに済みます。いいところを見せようと頑張ります。酔っ払いになる前の自分を取り戻します。

 ここらへんの展開が、状況的には厳しいながらも、それほど悲壮感がなく進んでいく要因になっていました。

 しかし、この奥さんの帰還って、唐突だなというか、ドラマのためのドラマみたいだなと感じていました。

 そして主人公は、裁判の突破口になりそうな情報源を見つけていきます。



 以下、ネタバレです。

 ネタバレなしで映画を見たい人は、読まない方がよいです。



● 奥さん

 主人公の心の中の希望は、奥さんの帰還と、彼女の助力です。

 それが、苦しい逆境の中での、救い的な存在になります。

 でも、映画の中盤を回った辺りで、ある事実が明かされます。

 彼女は、敵の法律事務所の一員です。彼女は弁護士の仕事に復帰するための手土産として、主人公の仕事を全部敵方に筒抜けにする役を買って出ています。

 主人公は完全な道化です。

 その事実に、主人公と一緒に仕事をしていた恩師が気付き、主人公に伝えます。主人公が最後の情報源を得て、これで裁判に勝てるかもしれないとなったタイミングです。

 主人公は、裁判に勝つために、元妻を排除しなければならなくなります。情報源を得たことを彼女に知られれば、裁判に負けるからです。

 これは、主人公は精神的にボロボロになるよなと思いました。これは辛い。

 信じる者に裏切られ、勝利を分かち合いたい人間を完全に排除しなければならない。全ての前提が崩れ、足元が崩壊していく主人公の気持ちが、痛いほど伝わってきました。

 そして主人公は、過去の象徴である元奥さんを切り捨て、傷心のまま、覚束ない足取りで前進を始めます。止まっていた彼の心の時間を動かし始めます。

 この映画は裁判の勝敗をハラハラドキドキしながら見る映画ですが、主人公が過去と決別する決断を迫られる映画でもあります。

 主人公の個人的な内的葛藤に答えを出すことによって、この映画は成り立っています。



 裁判が終わったあと、主人公は事務所に戻ります。その事務所の電話が鳴ります。相手は元奥さんだと想像が付きます。主人公は、その電話が鳴り続ける様子を眺めます。しかし、彼は受話器には手を伸ばしません。

 苦い映画だなと思いました。

 しかし、よい映画だなと思いました。
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