映画「インドへの道」のDVDを、九月上旬に見ました。
1984年の映画で、監督・脚本はデヴィッド・リーン。原作はE・M・フォスターです。主演はジュディ・デイヴィス、ヴィクター・バナルジです。
さすが巨匠だけあり、映像は素晴らしかったです。しかし、映画としては失敗作ではないだろうかと私は思いました。
以下、ネタバレありの感想です。
● 感情移入できない主人公二人
この映画の主人公は二人います。一人は、イギリスから、許婚の許に来た若い女性。もう一人は、イギリスに憧れるインド人医師です。
この二人の両方に感情移入ができないので、この映画は辛いです。
映画は中盤に二人の運命が交錯します。旅行先で、主人公の一人である女性が洞窟に入ってパニックを起こし、怪我を負います。
そのパニックと怪我の原因が、もう一人の主人公であるインド人医師であるとされて、彼は逮捕されて裁判にかけられます。
このインド人医師は何もしていません。
なのに、女性は裁判が始まっても、そのことについて何も言及せず、裁判は支配者対被支配者の構図を取って、大きな騒ぎになります。
この話は、主人公の女性がきちんと自己主張していれば、何も騒動が起こらずに終結します。
この女性に感情移入できない点は、これだけではありません。
彼女は許婚を、最悪の状態で振ります。裁判の真っ只中、公衆の面前で「やっぱり愛していなかった」と言って、婚約を破棄します。
別に許婚は、悪い人間ではありません。
何というか、ぽかーんという感じです。何だこの女は?という感じで、全く感情移入できませんでした。
もう一人の主人公であるインド人医師ですが、こちらも感情移入が難しかったです。
彼は、かなり躁が入っている感じで、落ち着きがなく、ふわふわしています。
悪い人ではないのですが、身近にいると疲れるし、面倒な人だなという印象を強く抱きます。
このように、主人公二人が、全く感情移入できないタイプの人物のために、映画はかなりストレスのあるものでした。
原作付きの作品とはいえ、ここは映画として大胆に改変した方がよかっただろうにと思いました。
原作は読んでいないので分からないのですが、たぶん原作の方には、そういった表層の演技に至る、内面の描写があるのだろうと思います。
そういった部分が省かれているので、受け入れられない主人公に見えてしまっているのかなと思いました。
● 改善するには
この映画を、観客にとって面白いものにするには、たぶん「インド人医師を助ける大学教授」を主人公にするのがよいと思います。
彼は、非常に感情移入しやすいキャラクターとなっています。
彼は、行動目的が「友情」であり、かつ、インド人医師の側に立ってしまったせいで、現地のイギリス人社会全体を敵に回してしまい、「裁判に負けたら、大学を辞してイギリスに帰る」と宣言して背水の陣で裁判に臨みます。
主人公としての行動目的を持ち、行動を達成するのに障害となる試練に直面する人物です。
でも、もしそういった改変を行うと、「原作クラッシャー」と言われてしまうのだろうなと思います。
今回の失敗は、映画と小説の表現の手法の違いのせいなのか、映画化の手法がまずかったのか、どちらが原因かは分かりません。
しかし、何らか手を打つ必要があっただろうと思いました。
● インドの情景
さて、ストーリー的には駄目な感じの映画でしたが、インドの情景の描写はよかったです。
これは、さすがデヴィッド・リーンだなという感じでした。
この映画を見ていたこともあり、その少し後に読んだ三島由紀夫の「暁の寺」では、この映画の光景が何度も浮かびました。
● 粗筋
以下、粗筋です(ネタバレあり。最後まで書いています)。
イギリスがインドを支配していた時代。主人公は、インド駐在の裁判官の許婚で、婚約者の母とともにイギリスに渡る。
そこで、婚約者の母は、イギリス人医師と出会う。彼はイギリスに憧れており、親交を深める。
イギリス人医師は、大学教授の男性と知り合いになる。そして、主人公、婚約者の母、イギリス人医師、大学教授で、岩窟に旅行に出かける。
その場所で、主人公は洞窟に入り、パニックになって飛び出し、全身に傷を負い気絶する。
その現場を見ていた者はおらず、イギリス人医師が襲ったせいだということで裁判になる。
大学教授は友情のためにイギリス人医師の側に立ち、婚約者の母は争いから逃れるためにインドを発つ。その途上で彼女は生涯を終える。
裁判は、支配者対被支配者の構図を取り、世間の耳目を集める。
裁判の席で、主人公は、自分が襲われていないことを告白し、許婚との婚約を破棄することも告げる。
裁判は終わるが、インド人医師は決定的なイギリス人嫌いとなる。
数年後。大学教授はインド人医師を尋ねる。そして、自分が、主人公の婚約者の母の娘と結婚したことを告げる。
主人公は嫌いでも、婚約者の母は大好きだったインド人医師は、そのことを喜ぶ。